怪しい勧誘の聖地こと「喫茶室ルノアール」に行ったら、完全に悟りました

ドラマや映画でたびたび見かける、暗がりの喫茶店での怪しい取引シーン。内容はネズミ講セミナーなど多種多様であるが、どれも 人を操り、儲ける という点で共通している



生まれてこのかた、私はこういった勧誘現場を実際に目撃したことがない。そういうのはあくまでフィクションの中で横行していることで、現実世界には滅多にない、あっても表立っていないものだと思っていた。


が、違いました。私は世の中について全くの無知であったことを、ここに懺悔します







事の発端は上野に遊びに行ったある日。知人とどこかでお茶しようということになり、「喫茶室ルノアール」というチェーン店に入ることになった。



関西から上京してきた身にとって、喫茶室ルノアール というのは聞き慣れない店だ。ググってみるとやはり東京、神奈川、千葉、埼玉という首都圏を狙いにした店舗展開らしい。そりゃ聞き慣れないはずである


が、私の好奇心を刺激したのは、知人が放ったこの一言





「あそこって "怪しい勧誘の巣窟” ってイメージだわ」







………怪しい勧誘の……巣窟………?

ドラマの中でしか見れないと思っていたあの現象が、東京の喫茶店では、頻繁に横行しているとな……?


前述したとおり、生まれてこのかた “喫茶店での勧誘” というものを目撃したことのない私は、「流石にそんな上手いタイミングで出くわすことはないだろ」とは思いつつも、気づけばふたつ返事でルノアールへ急行していた








店内に入るとまず、床がカーペットというのか絨毯というのか、ともかく柔らかい素材でできていることに驚いた。座席のソファはシックな赤や青で統一されていて重厚感があるし、ひと席ひと席の間隔が広めに設定されている。まるで “ちょっと良いホテルのラウンジ” だ



席に案内される私と知人。ちなみに知人もルノアールに来るのは初めてらしい。「ホーン、なんかすごいね」「お客さんの年齢層けっこう高いのね」 そんな言葉を交わしたと思う




注文したコーヒーが到着すると、本を読んだり作業したりと、各々が好きな時間を過ごすこととなった。


が、 “そのとき” は突然やってきた。

















「ほら、私って霊感というか、そういう力があるから……」
















聞き捨てならないフレーズが、私の鼓膜を貫いた。


…霊感。今たしかに、霊感と聞こえた気がする。



真っ昼間の喫茶店で自らの霊感の有無を発表する人間が、果たして常人だろうか。いや、きっとちがう。ほんとうに霊感がある人間というのは、自身の異常性に誰よりも自覚的だ。もっとこう、わきまえている。

したがって人様にカミングアウトするならば、それにふさわしい時と場所を選ぶ。ティーピーオーに気を遣う。しかしこの声の主ときたらどうだろう。他の客に聞こえることもはばからず、やけに堂々とその力を誇示しているではないか。





さりげなく声のほうへ視線をやった。そこにはいたのは、40代半ばほどの2人組の女性だ。




声の主であり、霊感があると自称していた側の女性は、小綺麗な身なりをしている。決して派手というわけではない。細身で、素朴で、しかし一定の財力を匂わせる品の良さがある。例えるならそう、女優の小西真奈美のような雰囲気だ。



一方のおそらくこれから勧誘されるであろう側の女性は、後ろ姿しか確認できないものの、猫背気味で、聞こえてくる受け答えも相まりどこか自信なさげ。申し訳ないが “押せばイケそう” な人であった。



怪しい勧誘を目撃したことのない私でも、さすがに彼女たちから漂う香ばしい雰囲気には、違和感を感じずにはいられない。






このシュールな状況を、今すぐ誰かと分かち合いたい… しかし知人は作業に没頭しており、こちらの目配せに毛頭気づく気配はなかった。


こうなるともう、ただただ彼女らの会話に耳を澄ませるほかない。平常心を装いつつ、私は彼女らの一挙手一投足に己の全神経を集中させることにした。






聞けば、小西真奈美ライクな女が、ターゲット女性の恋愛相談に乗っているらしかった。気になる人と連絡を取り合う仲だが、そのさきに展せず悩んでいる とかなんとか、気にしても仕方ないことを延々と相談している。





「ラインの既読はわりと早めにつくんですけど、返信はちょっと遅くて…」






「ラインの返信が遅い」という10代のような悩みを吐露する推定40代半ばの女性というのは、なかなかにキツいものがある。もうそんなこと気にしてる年齢でもないだろ。勧誘ってのも大変だな…

しかしこの幼稚な悩みに、スピった小西真奈美がどのようなジャブを打つかは気になる。霊感を用いて相手男性の霊視でも始めるのだろうか。







「大丈夫です。好意があるから連絡をするんですよ。でもあまり彼のことばかり考えすぎてしまうのも良くないですね〜。例えば新しい趣味を見つけてみるとか…」








……ウム。正論だ。正論だが………もっとこう、水晶玉でも取り出して「見えます見えます...」的な胡散臭い流れを期待していた。




思っていた感じとは違った彼女の言葉はあまりに平凡だが、しかし説得力がエグい。「恋愛で頭がいっぱいにならないように趣味に没頭する」なんてネットでググれば1257件ヒットしそうな解決法も、真奈美が口にすると不思議と画期的な策に聞こえてしまうのだ。




何がそう思わせるのか。それは彼女の “恐ろしく堂々とした態度” のせいだろう。



一つ一つの言葉選びにじっくりと時間をかけ、相手を待たせることを微塵も気にしない。沈黙を恐れて えー とか うーん とかそういった類の感嘆詞を軽々しく口にしない。沈黙のぶんだけ、彼女に弱みを握られていくような感覚になる。


その時間の流れ方は、まるで宇宙。「宇宙船に乗って帰ってきたら地球人と年齢がちがう」という話があるが、おそらく彼女の半径3メートルにいれば同じように老化スピードが遅まる。歩く特殊相対性理論だ。






…たまたま喫茶店でとなりのとなりの席に居合わせた見ず知らずの私にそう思わせるほどには、やはり人を惹き込む力が、彼女にはある。現に相談者のオバサマは彼女のありがたいお話を聞きながら恍惚とした表情を浮かべていた。


真奈美、只者ではない……










「あ、そうだ! 一緒に出かけたりできるお友達はいますか? お友達を作ると、より人生が豊かになると思いますよ」









……なんということだ。気づけば恋愛から人生全体に及ぶアドバイスまで話が進んでいる。そうだよな…恋愛の悩みって紐解いたら人生に直結するもんな……根本的な解決法まで提示してくれるのありがたすぎるだろ……


真奈美の助言に、相談者の女性はこう返答した。












「それが… 大人になってから、“友達の基準” がわからなくなって…」













…まあ、わかるぞ。大人になると友達って括りが曖昧になるよな…。

相談者の自信なさげな問いかけに、スピった真奈美はまた一呼吸おき、こう答えた。















「 “この人となら美味しいビールが飲めそうだな〜” って人とお友達になるといいですよ♪」




















“この人となら美味しいビールが飲めそうだな〜” って人とお友達になるといいですよ





















彼女のフレーズは宙を舞い、私の脳内を反復した
















正論だ………………













正論をぶちかまされた…………………













間違いない。一緒に美味い酒が飲める相手というのは、実はかなり貴重だ










あまりにセンセーショナルな言葉に衝撃を受けていると、ふいに真奈美と目が合った。

まずい。気付かれたかもしれない。慌てて目を逸らしたが、真奈美も悟ったのだろう














「大丈夫ですか?なんだか疲れているみたい。そろそろお暇(いとま)しましょう」






そう言って半ば強引に相談者を立ち上がらせると、驚くほどスムーズに退店していった。



















…………




……すごいものを観た




私は今、すごいものを目撃してしまった















その後のふたりがどうなったかはわからない。“勧誘“ というものを初めて目の前にし、色々思うことはあれど、最終的には「でも幸せならOKです!」と思うほかなかった。




さて、私は一緒に美味しいビールが飲める人を探したいと思います。